【津田梅子~お札になった留学生~】のネタバレと感想!梅(広瀬すず)の信念に感動の声!

津田梅子

【津田梅子~お札になった留学生~】のネタバレと感想!梅()の信念に感動の声!

主演【津田梅子~お札になった留学生~】が3月5日に放送されました。

新5000円札の顔となる津田梅子の物語。

長期の留学を終えて帰国した梅()が山川捨松()、永井繫()らと関わりながら生きる様を描く大作。

伊藤博文()、森有礼()ら歴史上の大物も登場!

テレビ朝日スペシャルドラマ【津田梅子~お札になった留学生~】のネタバレと感想を紹介します。

【津田梅子~お札になった留学生~】のネタバレ

津田梅子~お札になった留学生~】のネタバレを紹介します。

プロローグ

昭和4年夏。1929年。

津田梅子()は、夜中に目がさめる。
外は嵐。

「思えば私の人生は嵐のようでした」

梅の留学

明治4年秋。1871年。

梅(6歳・後の津田梅子)に父の仙()が
「アメリカに行けるぞ」と告げる。
仙は「女子で第一号だ」と大はしゃぎ。

しかし、母の初()は、反対をする。

梅には8歳の姉の琴がいる。
琴は嫌だと言えるが、まだ6歳の梅には抵抗する言葉がないというのだ。

そんな初の言葉を仙は受け入れない。
梅は日本初の女子留学生としてアメリカに渡ることに。

この頃の日本は、女性が質の高い教育を受けられる場はなかった。
優秀な男性を育てるには母親の教養が必要だとする北海道開拓使の考えによって、女子留学生の派遣が決定。

仙は、国のお金で留学すると説明。
さらに
「国の大きな期待を背負っていることを忘れるな」
と言い、自身の大切な辞書を持たせる。

この時、ともに渡米したのは

・吉益亮(14歳)
・上田悌(14歳)
・山川捨松(11歳)
・永井繁(9歳)

梅が最年少だった。

アメリカ号では、気分が沈みがちの5人に伊藤博文()が味噌漬けをくれた。

アメリアに到着すると梅は7歳になっていた。

ワシントンで少年努使の森有札()が出迎える。

明治5年秋。

アメリカで学びはじめて1年後、目の病気にかかった亮と激しいホームシックに襲われた悌の帰国が決まった。

梅も帰りたい気持ちでいっぱいになる。
しかし捨松は
「私は必ず立派になって帰る、その覚悟でここに来た」
と言う。

梅は、父の「国の期待を背負っていることを忘れるな」という言葉を胸にふんばる梅。

その後、梅はランマン夫妻のもとで育つ。

梅の帰国

明治15年。

梅()は11年間の留学を終えて捨松()とともに帰国。
繁()は1年前にすでに帰国していた。

この時、梅は未来は明るいと信じていた。

**

繁が捨松梅を出迎え、日本に居ながらも英語で会話する。

「誰もが学ぶことのできる英語学校を作ろう」
それが3人の目標に。

家に帰ると仙、初、そして弟らが出迎えた。

日本語はすぐには戻らず、仙とも英語で会話する。
「国のお金で留学した。だからお役に立てるように。明日、文部省に挨拶に行くぞ」
という仙。

翌日。

梅と捨松は文部省に挨拶に行くが、開拓使は解散し女学校も閉めてしまい、二人を引き取る場所がないと言われてしまう。

帰国早々、日本女性の地位の低さに驚く梅。

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仙は外国に行った経験もあり理解がある。
しかし、妻に対しては全くそうは感じられなかった。

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梅、捨松、繁。
日本語がまだおぼつかない梅。
働く場所がないことが不安だとう梅を繁は励ます。

捨松は結婚など考えられずにいるのに、繁は
「結婚が決まった」
とニコニコ。

捨松は、学んできたことを伝える使命がある、縁談も断ったという。
繁の結婚相手は、留学していた海軍軍人の瓜生外吉。
繁の結婚はこの頃には珍しい恋愛結婚。結婚後も音楽を指導するという。

しかし、捨松も梅も、心から祝福できず、どこかに距離を感じてしまう。

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仕事が見つからずにいる梅。
捨松は英語の家庭教師を始めた。

捨松は、英語の演劇を始めよう、と提案。
そこに外吉が帰宅。

男役として外吉も参加することになる。

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梅と捨松は、繁の紹介で、帝国大学英語教授の神田乃武()と出会う。
神田は捨松のことを気に入っている様子。

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明治16年春。

梅は、仙の伝手で海外女学校の教師に就く。
一方、英語劇団の活動も活発に。

劇団のメンバーである神田は、捨松にラブレターを渡す。

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梅の給料は、外国人教師より低い。
そのことが腹立たしく感じる。
そのことを抗議すると言うも、初は止める。

自分の考えをしっかり言うことは悪いことじゃない、と考える梅は、抗議をする。
結局、受け入れてもらえず、教師を辞めてしまった。

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捨松には文部省から仕事の話があったという。
しかし、無理難題を押し付けてきた。

繁は捨松に神田と結婚することをすすめる。
捨松は拒否をする。

梅もまた結婚することそのものに意味はないと感じている。

**

梅に亮(宮澤エマ)が会いにきた。

捨松、繁、亮、梅。
4人でお茶をしながら、梅は、英語学校を作る夢を語る。
その時、捨松が結婚すると打ち明ける。

相手は陸軍郷の大山巌。
17歳も年上で子どもが3人いる。前妻が亡くなってまだ1年余り。

梅は反対する。
学校を開くことを自分だけに押し付けると思う梅は、ひとりその場を立ち去る。

伊藤博文と再会

森から手紙が届く。
森は文部省にうつることを考えており、一緒に日本を変えていこう、と英文で記してあった。

そんな時、神田と再会する。
神田は、梅にプロポーズをする。
神田は捨松から交際を断られたと言う。捨松は国のために役立つ結婚をすると言われたという。

神田は女性は結婚して従事を求めていることがわかり、梅は、結婚を断る。

それを聞いていたのが伊藤博文。
アメリカ号以来の再会だ。

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仙は、伊藤博文の紹介で下田歌子()と会う。
伊藤は、女学校をつくったら、梅子を教師に招きたいという。

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繁が出産をする。

梅は急いで駆けつける。
捨松もやって来た。

梅は捨松の結婚を祝う気持ちを素直に伝えることができた。

この時、梅は繁から伊藤の話を知る。

急いで帰宅し、仙に訴える。

仙は、伊藤から妻と娘に住み込みで西洋の作法を教えて欲しい、と頼まれていたのだ。
しかし、住み込みというのは、主が女に手をつけることが日常茶飯事だと言うのだ。

梅は「そんなのはおかしい、私は一生、結婚しない」と言い張る。
「留学なんかしなければよかった。そうすれば、日本の風習に疑問を持つこともなかった。国のために役に立てない自分に腹を立てることもなかった」
と言い放つ。

そして、梅は伊藤家に住み込みで家庭教師をすることに。

**

伊藤博文の妻・梅子と娘の生子に西洋学を教える梅。
伊藤に書斎に招かれた梅は、もしや、と思っていたが、伊藤は
「日本をよくするためにどうしたらいいのか意見を聞きたい」と言う。

梅は、女性も男性と同じ立場になるための教育が必要だと熱く語る。

森有礼の助言

明治16年、秋。

鹿鳴館ができる。

梅は下田歌子の開校する塾で教師を務めることにもなった。
歌子のことを尊敬しているが、塾では、女性が意見を述べることを推奨していない。
それが梅には引っかかっている。

**

捨松の夫の巌はヨーロッパに行くが捨松は妊娠していて同行しなかった。
ヨーロッパに行けば思う存分やりたいことができるはずだったが、自ら日本にいることを望んだ。
「愛する人の子よ」
という捨松。
梅も繁も捨松を抱きしめる。

**

森が帰国し、文部省に戻る。

森は梅のことを気にかけてくれている。
梅は国のお金で留学した。だから、国に恩返しをしたいと思っていた。
だが、森は「いったい誰に?」と問うのだった。

**

捨松は、バザーを行いそのお金で看護婦養成所を作りたいという意思を持っていた。

伊藤夫人を誘い、バザーを開催する。

上流階級の夫人らが物を売るというのは、初めての試み。バザーは大盛況。

売上は看護婦養成所の資金として寄付。

「捨松が結婚しても私たちの夢は変わらない、と言ったその意味が少しわかった気がする」
と梅。

**

亮が女子英学教授所を設立。
亮の夢が叶ったのだ。

**

初が倒れ梅は家に戻る。

仙は伊藤に挨拶をする。

伊藤は「立派な女性になりました」と梅を褒める。
仙は自分の見栄のために梅を留学させたことを後悔している部分もあった。
しかし、伊藤はポジティブな思考である。

伊藤は初代内閣総理大臣に、森は初代文部大臣に。

こうして華族女学校が開校。

梅は英語を教える。

かなりのスパルタで教えるも、下田から
びりでいい。通っている女子学生はここを卒業していい縁談にありつくことなのだ」
と説明される。

そんな中、亮がコレラで亡くなったことを知る。

梅は、自分が望む教育から遠ざかっていく一方だった。

梅は辛き感情を森に打ち明ける。

「女性はもっと自由にならんければいけないのに。亮だって本当は結婚したかったのじゃないか。留学を1年で戻って来たことで自分に罪を与えていたのでは」
と。

森は学校を辞めればいい、と言う。

考え方に縛られているのは梅の方だ、と。

梅、再び留学

明治22年。

帝国憲法発布の当日、森は、刺客西野文太郎に襲われ生涯を閉じた。

梅はこの事件をキッカケにして、考えを改める。

教師を辞めない本当の理由は、お給料がよくて地位がいいから。それがなくなるのは不安。だから、辞められなかった。
そして、教師の仕事から離れよう、と覚悟を決める。

「もう一度学びたい」と。

こうして、梅は再び留学することに。

仙と初に決意を語る。

梅は下田らの口利きで、女学校に教師としての籍を置きながら、留学先も決まった。

仙と初に、留学させてくれたことにお礼をいう。

今回の留学は「自分のため」の留学。

「学びたいことがある。日本の女性が誰もやったことのないことです」

仙は「さすが俺の娘だ」と。

結末

3年間、ブリンマー大学で生物学に没頭。

明治33年、帰国

梅、36歳。

女子英学塾を設立。

梅は生徒に語る。
「自分で考え自分で行動しましょう。自分の人生は自分でしか決められないのです。仲間と共に自分の人生をつくりあげていくのです」

**

昭和4年。

梅子()はノートに記す。

最後の言葉は「storm last night、昨夜は嵐」。

<終わり>

津田梅子は明治35年にひらがなのうめから漢字表記の梅子にしました。

【津田梅子~お札になった留学生~】の感想

梅子の言葉が刺さる。
ディーンフジオカさん、さんがハマリ役などの感想がTwitterに。

津田梅子~お札になった留学生~】の感想を紹介します。

【津田梅子~お札になった留学生~】のまとめ

津田梅子~お札になった留学生~は、津田塾大学の創立者である津田梅子の人生がわかりやすく描かれていました。捨松、繁との女の友情も織り交ぜながら、女性も男性も平等であるという梅子の信念が伝わる物語でした。

明治時代の物語でありながらも、過去の物語とも思えぬ内容も。自分の人生、強く熱く生きられたら素敵なことでしょう。自らを奮い立たせる、梅子の台詞が素晴らしい。

さん、さん、さんら、ハマリ役。さんの伊藤博文は、とても身近に感じます。ストーリーとともに、鹿鳴館の衣装や豪華出演者など、楽しめるドラマでした。

記事内画像:津田梅子~お札になった留学生~】公式サイト

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