【わろてんか】111回の視聴率21.3%!風太・濱田岳の爆弾発言にてんも視聴者も右往左往!

わろてんか111話1

【わろてんか】111回(2月13日火曜日)のあらすじと視聴率!

葵わかな主演のNHK連続テレビ小説、第20週「ボンのご乱心」第111回が放送されました。

今回は大人気朝ドラわろてんかの視聴率、あらすじ、感想をまとめます。

目次

【わろてんか】111回の視聴率

わろてんか111話3

【わろてんか】111回の視聴率は、21.3%!

やはり連休の影響だったのか、17%台から回復です。

【わろてんか】111回のあらすじ

わろてんか111話2

風太(濱田岳)はてん(葵わかな)の反対を押し切って、キース(大野拓朗)とアサリ(前野朋哉)のコンビ解散を決めた。東京での漫才人気を盛り上げるため、アサリを大阪に置き、キースを東京に送り込んで、それぞれ新しい相方と漫才をさせようというアイデアだった。北村笑店での丁稚(でっち)奉公のような修業に幻滅した隼也(成田凌)は、伊能(高橋一生)の下で最新のエンターテインメントを学ぶことにする。

出典ヤフー

【わろてんか】111回の感想

風太(濱田岳)のキース・アサリのコンビ解散。東西に分けるという爆弾発言に、社長のてんも視聴者も右往左往!

泣ける、残念…賛否ありました。

キースとアサリのモデル「エンタツ・アチャコ」とは?

わろてんか111話4えんたつあちゃこ

出典吉本ヒストリー

「エンタツ・アチャコ」は、「しゃべくり漫才」を発明し、漫才ブームを作ったコンビ。

明らかにキースとアサリのしゃべくり漫才コンビのモデルですね。

《エンタツ・アチャコのざっくり歴史紹介》

  • 1930年にコンビを組む
  • 1931年12月、満州にもコンビで慰問に行く。
  • 1934年、アチャコが中耳炎を患い入院。(・・・舞台でのコンビ結成期間わずかに3年9か月となった)

しかし、その後も映画や劇団で共演しているので「わろてんか」での再登場・再共演もありえるかもしれません…

  • 1942年、2月 横山エンタツ・花菱アチャコがそれぞれ劇団を結成。
  • 「水戸黄門」「国定忠治」などの喜劇映画でしばしばアチャコと共演した。戦後はエンタツ劇団を解散
  • 1936年、横山エンタツ・花菱アチャコ主演のトーキー映画『あきれた連中』を封切り。
  • 1948年、横山エンタツ・花菱アチャコの映画コンビが復活
  • 1953年12月、 大阪・なんば「千日前グランド劇場」を改築し、こけら落しでエンタツ・アチャコが久しぶりにコンビを組んだ。

キースとアサリのその後にも注目ですね。

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