映画『怪物の木こり』考察|ラストシーンの意味をオズの魔法使いや旧約聖書から解き明かす!

怪物の木こり二宮彰
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映画『怪物の木こり』考察|ラストシーンの意味をオズの魔法使いや旧約聖書から解き明かす!

2023年12月1日に公開された映画『怪物の木こり』は監督・三池崇史、主演・亀梨和也が送る「超刺激サスペンス」。
「サイコパス対殺人鬼」という予告の印象とは異なる感動で胸がいっぱいになると評判です。
予想不可能な展開と美しいラストシーンが話題で、観れば観るほど新たな発見があるとリピーターが続出。
今回は細部の演出やセットに込められた意味を「オズの魔法使い」や「旧約聖書」との関係性に触れながら考えていきたいと思います。
では、初めてご覧になる方は勿論、一度観た方もまた映画館で更に深く楽しんでいただけることを目指して、映画『怪物の木こり』の考察をしていきます。

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以下の記述にはネタバレの内容が含まれていますのでご注意ください。

『怪物の木こり』の登場人物の名前は「オズの魔法使い」から

原作「怪物の木こり」と「オズの魔法使い」の関係

映画『怪物の木こり』の原作は、「怪物の木こり」倉井眉介(宝島社文庫)。
怪物のマスクを被り、斧で頭を割って脳を取り出し奪い去るという連続猟奇殺人事件の犯人と、そのターゲットとして狙われたサイコパス弁護士の闘いをめぐるサイコスリラーであり、事件を追う警察を通して殺人鬼の正体に迫るミステリーです。
犯人が被っているのは、絵本「怪物の木こり」を映像化した映画に登場する怪物のマスク。
そしてその絵本の元ネタとなったのは有名な海外児童文学であると、原作の解説に記されています。
作者の倉井さんは、登場人物の名前もそこからの発想で命名されているのだそう。
この児童文学とは、最終章で二宮彰と杉谷九朗の会話の中に出てくる「オズの魔法使い」のことでしょう。
映画『怪物の木こり』の登場人物も原作と同じ命名をされています。
それでは、『怪物の木こり』の登場人物たちと「オズの魔法使い」のキャラクターを確認していきます。

戸城はドロシー

怪物の木こり戸城嵐子

戸城嵐子(としろ・らんこ)(菜々緒)
警視庁の頭脳明晰なプロファイラー。連続猟奇殺人事件の犯人を追うが、捜査のためなら手段を択ばない大胆な一面を持つ。
ドロシー・ゲイル
アメリカ・カンザス州に暮らす少女。
竜巻に家ごと巻き込まれて、飼い犬のトトと共に不思議なオズ王国の中のマンチキンの国へと飛ばされてしまう。
落ちた家は、マンチキンたちを独裁していた東の悪い魔女を圧死させる。
ドロシーは家に帰る方法を教えてもらうために、途中で出会った脳のないカカシ・心のないブリキの木こり・臆病なライオンたちもそれぞれの願いを叶えてもらうために、エメラルドの都にいるという大魔法使いのオズに会いに行く。

「としろ」がドロシーからのネーミングであることは想像に難くありません。
嵐子は竜巻からのイメージでしょうか。
戸城をはじめとする捜査員たちは、連続猟奇殺人事件を追ううちに、東間(東の魔女)が起こした凄惨な事件にたどりつきます。
ドロシーは旅を牽引するヒロイン、戸城は事件の真相を追う主体の役割です。

二宮彰はブリキの木こり

怪物の木こり二宮彰

二宮彰(にのみや・あきら)(亀梨和也)
有能な弁護士だが倫理観や共感能力に欠け、目的のためには殺人もいとわないサイコパス。
ある日突然、怪物のマスクを被った殺人鬼に襲われる。
ブリキの木こり(本名ニック・チョッパー)
元々は生身の人間の男性。父の後を継いで木こりの仕事に精を出すうち、とあるマンチキンの娘と結婚を誓い合う仲となったが、娘と同居していた老婆が働き手を取られることに怒って東の魔女に依頼して彼の斧に呪いをかけさせる。
魔女による呪いがかかった斧で働き続けた結果、彼は徐々に体を切り落とされて、遂には全身がブリキになってしまう。
ブリキ職人が心臓を入れることを忘れたせいで愛を忘れてしまった悲しきサイボーグ。
ドロシーの旅に同行した目的は、オズの魔法使いに心臓をもらって愛を取り戻すこと。

ニックが引き裂かれてしまった恋人の名前はニミー・エイミーというそうです。映美(吉岡里帆)ですね。
二宮という名字も、もしかしたらニミーからとったのでしょうか。
そして彼の親友はカカシ(スケアクロウ=九朗)。
心より脳みそが欲しいと言うカカシに対して、ブリキの木こりは言い返します。
「わたしは心をとりますね。脳みそでは幸せになれません。この世でいちばん大事なのは幸せなんですから」

杉谷九朗はカカシ

怪物の木こり杉谷九朗

杉谷九朗(すぎたに・くろう)(染谷将太)
杉谷総合病院院長の息子で脳神経外科医。生まれつきのサイコパスであり、二宮彰の本性を知る唯一の人物で協力者。
カカシ(スケアクロウ)
ドロシーがオズの住むエメラルドの都を目指す旅で最初に出会うのがカカシ。
トウモロコシ畑でカラスを追い払う役目をしていて背中にさおが刺さって動けないでいるところをドロシーに助けてもらいます。
頭にわらが詰まっていて脳みそがないことを悲しんでいます。

「九朗」はスケアクロウの「クロウ」からの命名でしょうか。
杉谷九朗は脳みそがないどころか医師ですし、また彼が脳みそを失うこともないのですが、木こりの親友というポジションが被りますね。
ちなみにブリキ男は最後はかかし男と一緒に暮らすそうです。

乾はトト

怪物の木こり乾

乾登人(いぬい・のぼる)(渋川清彦)
正義感の強い所轄の刑事。以前は警視庁捜査一課に所属していたが、担当した事件で暴力沙汰を起こし更迭された。
トト
ドロシーの愛犬

オズが魔法使いではなくただの小さな老人であるという秘密を、たまたまついたてをひっくり返して暴くことになったのはトトでした。トトのおかげで、ドロシーはオズの正体がわかったのです。
また、猫を追いかけてどこかへいってしまったトトのせいで、ドロシーはカンザスに帰るための気球に乗りこむことができなくなったのですが、北の魔女が教えてくれた方法で自分の力でカンザスに帰ることができます。
トトの行動はドロシーを真実に導いてくれたのでした。

乾→「いぬ」
登人→「とと」
ということでしょうか。
戸城は乾について当初「馬鹿なのか利口なのかわからない」などと言っていましたが、その後二人はバディのようになっていきます。
そして乾のとった行動により、戸城は事件の真相に気づくことになりました。

東間翠は東の魔女

怪物の木こり東間翠

東間翠(とうま・みどり)(柚希礼音)
31年前に起きた静岡児童連続誘拐殺人事件、通称“東間事件”の犯人
東の魔女
マンチキンランドを支配している悪い魔女。竜巻で飛ばされたドロシーたちの家の下敷きになり圧死してしまう。

とうま→東の魔女
「オズの魔法使い」の中に、「白い服を着るのは魔女や女魔法使いだけですから」という言葉が出てきます。
残酷な人体実験を繰り返していた東間翠ですが、白い服は医師の誇りのようにも見えました。
この物語で起こる事件の全てはこのむごたらしい東間事件が原因なのですが、それも息子への愛情が引き起こしたことだと思うとなんとも哀しくやりきれません。

北島は北の魔女

怪物の木こり出合正幸

北島信三(きたじま・しんぞう)(出合正幸)
東間事件の担当刑事。元・静岡県警捜査一課所属。現・浜松交通センター勤務。
北の魔女
悪い魔女が履いていた不思議な力を持つ銀の靴をドロシーに授け、家に帰れる唯一の方法はエメラルドの都に行って壮大な魔力を持つオズの魔法使いに頼むことだと教える。

きたじま→北の魔女
31年前東間の館の家宅捜索を指揮した北島は、引退して今は交通センターにいますが、脳泥棒事件と東間事件との関連を突き止めた捜査本部に事件究明のために招聘されました。

ライオンは?

怪物の木こり剣持

剣持武士(けんもち・たけし)(中村獅童)
かつて保険金目当てで妻を殺害したと疑われた元容疑者。
ライオン
小さな犬のトトにさえ怯えるほど臆病で百獣の王の威厳などどこにも見当たらない。
オズの魔法使いに「勇気」をもらうためにドロシーたちと旅をする。

残ったキャラクターのライオンは誰でしょうか。
主要人物で考えると剣持ということになりますね。
そう考えるとどことなくライオンを思わせる風貌のような気がしてきます。
剣持が最後に見せたのは、気高く優しい姿でした。
彼の勇気を思うと胸が締め付けられます。

東間の館にあるおもちゃ

怪物の木こり東間の館

かつて誘拐されて東間の館に連れて来られた子どもたちが遊んだと思われるおもちゃたち。
東間夫婦の息子も遊んだのでしょうか。
真ん中に、ブリキのロボット。

二宮の部屋に飾られた絵画の意味

二宮彰の部屋はいつも整えられていてスタイリッシュ、生活感をあまり感じさせません。
大きな絵が3枚飾られてあるのが印象的です。
映画公開後、SNSではこの絵に意味を見出す声が増えてきました。

アダムの創造

二宮の部屋で強く印象に残るのは『アダムの創造』と思われる絵です。
『アダムの創造』は、1511年ごろミケランジェロが、バチカン市国にある「システィーナ礼拝堂」の天井に描いたフレスコ画の一部です。
旧約聖書の『創世記』に記された神が、最初の人類であるアダムに生命を吹き込む場面を表現しているとされています。
旧約聖書によると、神はまず土(アダマ)の塵で人間(アダム)をこしらえ、その鼻に命の息を吹き入れました。
アダムとはヘブライ語で「人間」を意味する一般的な名詞でもあります。
『アダムの創造』の極めて独創的な構成は、ミケランジェロが十分な解剖学の知識を持っていたからこそではないかとする説があり、それによると神の後ろの人物像と、さらにその背景に描かれている布の表現が、解剖学的に正確な人間の脳に見えると指摘されています。
神が描かれた部分は大脳表面の脳溝、さらに脳幹、前頭葉、頭蓋底動脈、脳下垂体、視交叉と一致するということです。
また、アダムと神の腕はシナプスを介したニューロンの生化学的情報伝達を意味していて、神は脳の中心である感情を司る大脳辺縁系、おそらくは人間の魂を表現しているとされています。
伸ばされた神の右腕は、人間の脳でもっとも創造性に富みもっとも重要な部位である前頭前皮質を表しているそうです。

アダムは神によって生命が与えられた人類で最初の人間。
この絵では、神が手を伸ばし、その指先が今まさにアダムの指に触れて命を注ごうとしているような描き方になっています。
ところが、二宮彰の部屋に飾られている絵には神の姿は描かれていません。
右側から伸ばされた手の持ち主は果たして神なのでしょうか。
神かもしれないし、母から生まれた二宮彰に新たに「怪物としての命」を吹き込んだ存在のメタファーとも考えられます。

マンションの地下駐車場とそしてラストシーンで、二宮彰はこのアダムと似た姿勢になるのですが、偶然とは思えません。

ダビデ像の絵

ソファの後ろに飾られている裸身の後ろ姿の絵はダビデ像を描いたものではないかと指摘する声がありました。
ダビデ像はピエタと並ぶミケランジェロの代表作で、古代イスラエルの王ダビデをモチーフとした彫像。
人間の力強さや美しさの象徴ともみなされ、ルネサンス期を通じてのみならず芸術の歴史において最も有名な作品のひとつと言えます。
ダビデは旧約聖書の『サムエル記』および『列王記』に登場し、イスラエル王国の二代目の統治者であり伝統的に『詩篇』の作者の一人とされています。
イスラム教においても預言者の一人に位置づけられています。
トランプのスペードのキングのモデルとも。
また、「ダビデ」という名前には「愛された人」という意味があります。
親友のヨナタンは、自分の父サウルがダビデを殺害しようとした時に彼を助けたのでした。

現在のイスラエルの国旗にも取り入れられている六芒星のマークは「ダビデの星」とも呼ばれていますが、実際には歴史上実在したダビデ王とは関係がなく、後世に考案されたものです。
ここで少し気になるのが、剣持の妻の手にあったタトゥー。

白い鳥の絵は何を意味するのか

胸に沁みる解釈です。
二宮は何度も過去の記憶がフラッシュバックしますが、平穏な時代の懐かしい思い出が蘇った瞬間はあったのでしょうか。
映美が歌う「おひさまあたれ」で呼び覚まされた感情を想像すると何かが胸にあふれ出します。

映画『怪物の木こり』での対になるシーン

本作は、対になる場面が多く、それによって人物の心情の変化がわかりやすく伝わってきます。
気がついたシーンを書いてみます。

冒頭と最後に登場する裸足の女性

冒頭に登場する女性もラストに登場する女性も、どちらも白っぽい服を着て裸足です。
二宮にとっては真逆の存在。奪った人と与えてくれた人。

グレーのパーカー

怪物の木こりのぞみ園

いつもスタイリッシュな二宮ですが、出身の児童養護施設「のぞみ園」に行く時はラフなライトグレーのパーカー姿。
なんだか丈も短い気がするし、二宮彰が選ぶ私服らしくない印象です。
ただ、幼い頃の彰くんも、両親と過ごしている時と養護施設にいる時にライトグレーのパーカーを着ているんですよね。
自分では気づいていない、きっと。

2本のナイフ

二宮のマンションの部屋のインテリアは間接照明が効果的でいかにもお洒落ですが、別荘は虚無を感じるほどの白い空間。
ただ共通していることもあって、どちらの部屋にもジューサーと果物、そして2本のナイフを置いたテーブルがあります。
ナイフは勿論果物を切るためのものですが、時に無礼なプロファイラーを追い返す時にも使用します。
そして、どちらの部屋にもアルミのコンテナやトランクが置いてあってどこか不穏な感じを受けます。
私たちは一つだけトランクの中身を見ることができますが、物騒でしたね。
大きなコンテナはいったい何を入れるためのものなのでしょうか。

駐車場とラストシーンそれぞれの二宮彰

先ほども書きましたが、二宮彰は部屋に飾ってある絵のアダムと同じような姿勢をすることが2回あります。
地下駐車場とラストシーン。
駐車場で起こった事件がきっかけで変化が訪れ徐々に感情を取り戻していったこと。
ラストこの絵の前で、生きる意味を自分以外に見出したこと。
それぞれ、この物語を象徴する姿だったと思います。

ラストに返ってくる三つの言葉

なんで泣いてんの?
車で追ってきた矢部に酷い仕打ちをした上、さらに絶望的な予告をしておいてこの台詞。
共感能力がない二宮彰はまさしく「人でなし」ですが…。

それから「愛する人に殺されるなんてロマンティックじゃないか」という映美への言葉。
この二つの言葉がラストの二宮自身に返ってきます。

そしてこれは別の人の「俺がぶっ殺してやるよ」という発言。
有言実行でしたね。

最初と最後の「おひさまあたれ」

映画『怪物の木こり』の音楽は三池作品を多く手掛ける遠藤浩二。
冒頭とラストシーンに流れる美しい讃美歌のような曲は、劇中で映美が歌う「おひさまあたれ」(作詞:新沢としひこ 作曲:平田明子)を遠藤さんがアレンジしたものです。
庭の片隅の湿った地面にあった芯まで冷えた小石を日差しの中に置いたら、おひさまのあたたかい光がたくさんあたって、その横に座っているぼくも小石になってだんだん胸があたたかくなっていくという歌。
「あたたかいひかりたくさんあたれ」

ラスト、二宮の左手は溜まっている赤いものの中に落ちていきます。
神の手には届かない。
それでも彼は救われたのだと思いました。
怪物によって創造された、いえ心を奪われた二宮が自分自身を取り戻すことができたのですから。
ブリキの木こりと同じように。

「おひさまあたれ」に包まれたラストシーンが終わると、SEKAI NO OWARI「深海魚」が流れて、余韻を静かに深く味わうエンドロールとなります。
「観れば観るほど新たな発見がある」、「2回目の方が感動が深まる」と評判の映画『怪物の木こり』、是非劇場のスクリーンで何度もご堪能ください。

記事内画像出典:映画『怪物の木こり』公式サイト