映画【ヒストリー・オブ・バイオレンス】のネタバレとラスト考察!最初の1つの会話がカギに!?

ヒストリー・オブ・バイレオンス

映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の「ネタバレ」「ラスト考察」を紹介!

暗い過去を持つ男、トム・ストールが平和な自分の家族を落としめてしまうという重くダークなサスペンス映画です。

生々しい「暴力」が描かれた本作は全米批評家協会賞など、多くの賞を受賞しました。

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映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のあらすじ

アメリカの田舎町に暮らす平穏な1組の家族。

一家の精神的支柱でもあるトム・ストールは町のダイナーを経営していた。

平和な暮らしが続くと思われていたが、トムが街から2人組みのギャングを追い払ったことで彼の周辺に、とある人物がうろつき始める。

トム・ストールには誰にも言えない壮絶な過去を抱えていた…。

映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の渋い2人のオジサンに注目!

「2人の渋いオジサン」の出演はこの映画の見どころの1つでもあります。

特に、本作の少し前に上映されたロード・オブ・ザ・リングシリーズで主役級の人気を博した「アラゴルン」役のウィゴ・モーテンセンが主演を努め、役の仰天チェンジをしました。

主演は「ロード・オブ・ザ・リング」のロン毛騎士、アラゴルン!

映画内の主人公トム・ストールを演じたのは「ロード・オブ・ザ・リングシリーズ」で勇敢な騎士を演じた「アラゴルン」でお馴染みのヴィゴ・モーテンセン

ウィゴ・モーテンセン

幽霊をも味方につけるほどの求心力を持ったイメケン騎士でしたが、「ヒストリー・オブ・バイレンス」ではしがない食堂を営む1人のオッサンを演じました。

しかも驚きなのがこの2つの映画の制作年が異常に近いこと。

  • ロード・オブ・ザ・リング=2001年〜2003年
  • ヒストリー・オブ・バイオレンス=2005年

長期に渡る撮影で相当の役に入り込んでいるはずですが、わずかの間に仰天チェンジしました。

さすがプロの役者ですね。

ロード・オブ・ザ・リングでの「超イケメン戦士」のイメージが強い人にとっては「なんだこのおっさんは」と思うかもしれません。

しかし、役柄はガラッと変わっていますが、「ヒストリー・オブ・バイレンス」でもあの存在感は抜群に発揮されています。

強い眼光で敵に立ち向かい、責任感を持ち、仲間=家族を守ろうと必死になる姿はまさに「アラゴルン」そのものです。

むしろ「田舎街にいるカッコいいオッサン」になったことにより、私たちにとっては親近感が湧きます。新鮮な感覚です。

ウィゴ・モーテンセン2

因みにヴィゴ・モーテンセンは数カ国語の言語を操れることで有名です。

実際、映画のプロモーションで各国のメディアの取材を受ける時に流暢な外国語を披露しています。

Youtubeには彼が数カ国語の言語を話す様子はまとめられた動画もあがっているほどです。

どこに欠点があるんだ…。

アカデミー賞助演男優賞にもノミネートされたエド・ハリスの渋さ

トム・ストールの敵討ちとしてマフィア、カール・フォガティを演じたのはエド・ハリスというアメリカ人俳優。

エド・ハリス

そこまで登場時間が長いわけではありませんし、セリフも多くはありません。

パリッと決めたスーツに黒ネクタイ、不気味に上がる口角など、その風貌から醸し出す「悪党感」がたまらなくカッコいいです。

2005年度のアカデミー賞では、その存在感が評価され、助演男優賞にノミネートされたほどです。

エド・ハリスは、映画「スターリングラード」でジュード・ロウ演じるソ連兵のライバルとして、ナチスの天才スナイパー役を演じたことでも有名です。

エド・ハリス 2

その時は天才的な瞬発力と視力によって敵を脅かしていましたが、今作では片目が潰されているという偶然?の皮肉です…。

映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のネタバレ:誰しもが抱える暴力性

インディアナ州の田舎町に平和な家族を築いた、トム・ストール(ヴィゴ・モーテセン)はダイナーを細々と経営していた。

妻エディ(マリア・ベロ)は夫をこよなく愛する愛妻家。

息子ジャック(アシュトン・ホームズ)は家族思いの優しい少年だが、気弱なため学校でイジメを受けている。

娘サラは皆から愛される小さな女の子。

彼はこの3人から大きな信頼を得ていた。

真夏日の朝8時、一軒のモーテルに2人のギャングが押し入り子供を含む数人を殺害した。

平穏な家族を揺るがすキッカケとなる者たちが現れた。

ある夜、トムが経営するダイナーにあの2人のギャングが入ってきた。

うだつの上がらない田舎街での強盗と殺人に気怠ささえも感じている彼らは、トムに向かって銃を突きつける。

叫ぶ客にイラつくギャングは女従業員を殺そうとする。

トムはコーヒーポッドを1人のギャングの顔に強打する。素早く銃を奪い、2人を瞬殺する。

その時の顔は「普通の父」のものではなかった。

凶悪なギャングから人を救った行為が瞬く間に街中に広がり、彼は時の人となる。

家族はそんな頼もしい一家の大黒柱を誇りに思う。

しかし、その事件がある一団の目に止まることになる。

時の人となったトムのダイナーには多くのお客で溢れかえるように。

忙しさから、妻エディも応援に駆けつけるほど有名な店になっていた。

そこに、サングラスでスーツ姿のオヤジが2人の屈強な男を連れて店に入ってくる。

彼はトムに対して「フィラデルフィアのジョーイ・キューザック」と呼んだり、「殺しの腕は鈍っていない」などと語りかける。

さらにサングラスを外すと、片目が義眼だった。彼は「これでもわからないか?」と問いかける。

トムは話をまともに聞かないようにするが、妻エディが食ってかかり、警察を呼ぶ。

警察が彼らを調べると、サングラスの男はカール・フォガティ(エド・ハリス)という人物で多くの殺人罪に問われているフィラデルフィアのマフィアであるということがわかる。

心配を寄せる家族に対してトムは「ただの人違い」だと落ち着かせる。

後日、ショッピングモールで買い物をしていたエディと娘サラの前にフォガティが現れる。

彼はベンチに座り「御宅の旦那がなぜあそこまで殺しが上手いのか…旦那はいずれあんたの運命を変えちまうよ」と言い放つ。

エディの気持ちは徐々に心配から疑いに変わりつつあった。

気弱なジャックは学校のヤンキー少年からイメジを受けていた。

ジャックはいつものように言葉で煽られる。しかし、その中に彼にとって許しがたい言葉も混じっていた。

「お前は父親とは違う」英雄的な行動を起こした父と比較されてプライドが気づいたジャックはついにブチギレる。理性を失ったジャックは殴る蹴る。

暴力でねじ伏せたジャックだったが、彼は停学処分になる。

それを聞いた父トムは「暴力で解決することは許されない」とジャックに言う。

当然納得できないジャックは家を飛び出す。

そのタイミングを狙っていたかのように一台の車が家の前に止まる。

フォガティとその仲間が静かに車から降りてくる。

フォガティはトムに対して「フィラデルフィアに来い」と命令し、断るのならコイツを殺すと脅す。

息子ジャックが人質として囚われていた。

トムは一瞬応じる様子を見せて、息子を解放させる。

それでも命令に応じようとしないトムにフォガティは無理やり屈服させようする。

トムは鼻をへし折るなどして、2人の手下を圧倒するが、フォガティに銃口を向けられる。

「お前を殺しておくべきだった」とトム。

するとフォガティの胸を突き抜ける銃弾が発射された。

ショットガンを持ち、怯えるジャックにトムは優しく抱擁を交わした。

ワンポイント解説:現実的な暴力性

デヴィッド・クローネンバーグ監督作品にはグロテスクな表現が連続して描かれていることで有名です。

「スキャナーズ」では超能力によって頭が吹っ飛ぶシーン。

「ヴィデオドローム」では内臓がテレビから飛び出してくるシーン。

「ザ・フライ」での人間が徐々にハエ化していく過程が描かれたシーン。

しかし、どれもフィクション性が強く、リアリティさは今ひとつです。

そんな作品を作ってきたクローネンバーグは、SF的なフィクション性を封印し現実的で正統派のサスペンスドラマとしての映画を作りました。

それが、今作の「ヒストリー・オブ・バイレンス」です。

ぐちゃぐちゃでグロテスクなシーンを多く作ってきたクローネンバーグ監督は、映像による表面的なグロテスクさを抑え、スタイリッシュな作品に作り上げました。

彼は内面的に潜む暴力性自体に焦点を当てました。

それはこの映画の1つのテーマでもあります。

「人を一瞬で殺しかねない心に潜む暴力性」は殺人を繰り返していたギャング、まだ少年のジャックにもみてとれます。

家族の疑いは確信に変わった。

フォガティとやりあっている時のトムはまさしく「ジョーイ」だった。

内にしまい続けていた「ジョーイ」が暴力をきっかけに出てきた。

元殺し屋の妻という事実を受け入れられないエディは戸惑い、トムの頰を叩く。

すると「ジョーイ」の顔が出てくる。

暴力で解放されらジョーイは妻エディを無理やり犯す。

ショックを隠しきれないエディ。どうすればよいかわからないトム。

するとそこに一本の連絡が来る。フィラデルフィアマフィアのボス。彼の兄リッチーからだった。

全てを終わらせるべく、トムは単身でフィラデルフィアに向かう。

13時間以上の移動の末、リッチーの屋敷に着く。

大きな屋敷での再会。

血が繋がった兄弟の久々の再会に若干の笑みをこぼす2人。

しかし、兄リッチーは自分への裏切り行為を働き、電話一本よこさずに消えたことに心底怒っていた。

リッチーは弟を殺害するよう、部下に合図を出す。

しかし、ジョーイは3人の部下を殺し、実の兄貴リッチーを返り討ちにする。

トムは帰路に着いた。

憔悴しきったトムが家に着くと、家族3人が黙って夕食を取っているところだった。

トムの帰宅に誰も声を出さない、目も合わせない。立ち尽くすトム。

すると娘サラが1人で父の分の皿とフォークを準備する。

今にも泣きそうなトムが椅子に座る。すると、ジャックがディナーの肉を渡す。

エディは座ったまま下を見る。

トムも座ったまま下を見る。

2人は顔をあげ、目が合う…。

超深読み考察:ラストの痛々しい沈黙…カギは一番最初の「会話」

映画は、エディとトムが目をあわせて終わるというなんともシコリが残る終わり方でした。
実際「ん?」と思った方も多いと思います。

では、この点に関して、私なりの深読み考察をしていきたいと思います。

2人のギャングが最初にモーテルで殺人を犯そうとする時、雲ひとつない炎天下の中、暗い表情でこう言います。

「もう疲れた」

「俺もだ」

映画:「ヒストリー・オブ・バイオレンス」より

そして無感情のまま片方の男はモーテルにいた幼い子供を射殺します。

なんのためらいもなく小さな子供を殺すこのシーンには胸糞の悪さを覚えてしまいます…。

彼らは「なに」に疲れたのでしょうか?

人殺しに対してでしょうか?

田舎街でくすぶり続けることに対してでしょうか?

彼らは悶々とする中、あっけなく食堂のオッサン(トム・ストール)に殺されてしまいます。

しかし、この何気ない会話は映画の最後に繋げることができると私は思っています。

その場面とはまさに、最後にトムとエディが目を合わせるシーンです。

下を向いていた2人でしたが、最初に顔をあげたのはエディでした。

彼女はトムに向かって「もう疲れた」という悲壮感が篭った目線を送る。

そしてそれに反応して顔をあげたトム。彼はエディに向かって「おれもだ」と答える。

つまり彼らは、暴力の過去を凝視し、暴力の過去に囚われていくことに疲れを感じていたのです。

それは2人のギャングにも言えます。拭い去ることの出来ない殺人などの暴力的過去。その事実が重なり、カセになります。そして彼らは更なる暴挙に出てしまう。

しかし、トムとエディは違います。

彼らはそこから逃げ出すことなく「過去を清算しようよした者」「過去を受け入れようとする者」です。

エディは息子達と家を出ることなく、トムの帰りを「家族」として待ちました。

そして、その意思は息子と娘にも引き継がれました。

勿論、全ての過去を清算することはできません。

過去はずっと付きまとい、今後も各々の内に潜む「暴力性」は顔を出すでしょう。

しかし、この一家は「疲れ果てた過去」から逃げず、引きずられず、それに向かい合うことができるはずだと思いました。

私はラストに前向きなメッセージを汲みとりました。

SNSではラストはどう解釈されてる?

やはりスッキリしないラストに対して疑問を抱く人が多い印象があります。

ラストに解釈を求めようとする人もいれば、セリフのない映像そのままを真に受け止めようする人もいます。

ただ、映画内の一貫した「重圧感」のせいか暗い最後を連想してししまう方も多いです。

まとめ

人間に潜む、暴力性をあぶりだした今作。

デヴィッド・クローネンバーグ作品にしては、グロテスクな表現がとても少ない(ないことはい)ですし、物語もとてもシンプルです。

クローネンバーグ入門としておすすめできる作品です!

記事内画像出典:IMDb

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