映画【波紋】ネタバレ・感想|絶望を笑え!ラストシーンの筒井真理子は圧巻!
5月26日(金)に公開された荻上直子監督の最新映画【波紋】は、監督自身が歴代最高の脚本と自負する絶望エンターテインメント。震災、原発事故、介護、新興宗教、さらには息子の一人暮らし、障害者差別、隣人トラブル、パート先のトラブル、更年期障害、失踪して10数年後にもどってきた夫への憎悪。依子が苦しむ問題は誰もが直面する可能性のあるもの。荻上監督は依子の心の波紋をブラックユーモアとともにシニカルに描いていきます。依子が絶望の果てにたどり着くのはどこでしょう。
筒井真理子、光石研、磯村勇斗、木野花、キムラ緑子、柄本明、江口のりこ、平岩紙、ムロツヨシという実に魅力的なキャスト陣が送る映画【波紋】のネタバレ、感想をお届けします。
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映画【波紋】のネタバレ
ある日突然夫が失踪する
朝の寝室。須藤依子(筒井真理子)は夫の修(光石研)のイビキにやりきれない顔をしてダブルベッドから起き上がります。依子と修はお互い頭と足の向きを逆にして寝ているのが定番の様子。
カーテンを開けるとたくさんの花々がきれいに咲いた庭。
スーパーの開店とともに水のペットボトル売り場に殺到する客。テレビでは放射能の報道。
この物語が東日本大震災後の世界なのがわかります。近所では沖縄へ引っ越していった一家もいる様子。水道水汚染の風評が立って、水道水は飲まない、調理する水もペットボトルの水を使うのが常識。
しかし依子は、ダラダラくつろいでいる夫や息子の拓哉(磯村勇斗)の目を盗んで水道水でおかゆを作ります。そのおかゆは寝たきりの義父のためのもの。夫の父におかゆを食べさせながら、庭で花の手入れをしている夫をちらと見る依子の目は冷たい。ガーデニングは修の逃げ場なのかもしれません。
おかゆを食べさせてもらいながら義父の手が依子の胸に伸びていきます。
表情を変えず手をつかんで阻止する依子。
そして何の前触れもなく夫が失踪します。庭に伸びたホースから水が流れたまま。
10数年後夫が帰ってくる
時が経ち、依子は新興宗教“緑命会の熱心な信者になっていました。リーダー昌子(キムラ緑子)の有難い言葉を安らかな表情で聞く依子。メンバーとともに緑命会の奇妙な踊りを歌い踊る依子。家のあちこちに置かれた夥しい水“緑命水”。依子はひとりで秩序ある暮らしをしているようです。
ただ隣人の美佐江(安藤玉恵)の猫が自宅の庭に入ってくることが気にかかります。ゴミ置き場で美佐江に会ったので話をしてみますが相手にされません。
そんなある日突然修が帰ってきます。花があふれていた庭は、依子の手で見事に整えられた枯山水になっていました。
修は自分はがんなのだと言います。保険適用外の高価な薬を買ってほしいのだと。
「考えさせてください」と答える依子。
「人を呪わば穴二つ」「肉を切らせて骨を断つ」
放射能が恐くて家族を捨てて逃げだした夫、義父の介護も看取りも自分に押しつけた夫を、依子は許すことができません。夫が食事をしながらずるずる立てる音も、洗濯かごにある汚れ物も、足の爪を切る姿も不快です。
緑命会のリーダーからは「人を呪わば穴二つ」だと言われ、「切磋琢磨いたしましょう」と励まされます。ついでに、特別な会員しか購入できない水が入ったスプレーも勧められ買うことになりました。
依子は体調面でも更年期障害で苦しんでいます。
パート先のスーパーの清掃員水木(木野花)が、ホットフラッシュで汗が止まらない依子に「辛い時期よね」と声をかけ、運動すると良いと市民プールで泳ぐことを勧めてくれます。水木も週3回通っているのだそう。
勧められた通りにプールで泳いでいると水木に会いました。
サウナルームで、依子は失踪してもどってきた夫の話をします。
「男なんて甘やかしたらだめ!」と強い口調で水木が言うと、その場にいた男たちが一斉に出ていきました。
依子が「人を呪わば穴2つ」と言われた話をすると
「でも、肉を切らせて骨を断つという言葉もあるわよ」と言います。
「仕返ししてもいいんですか」と聞くと、きっぱりと「いい!」
依子の表情が明るくなります。
ある日、隣人の美佐江に、「ご主人単身赴任からもどってこられたみたいでよかったですね」と嫌味たっぷりの笑顔で言われますが、夫はがんで長くないのだと依子が言うと美佐江は何も言えなくなってしまいます。
「やっぱり入ってくるんですよ、うちの庭にお宅の猫」と言って、すっきりした顔で去る依子でした。
またある日には、依子がスーパーでレジを打っているところに、トマトが一つ腐っているので半額にしてくれと言う客(柄本明)が来ました。
彼は、商品に難癖をつけて値引きさせる常習者です。
依子が「交換します」と言うと激昂して「お客様は神様なんだろ」とすごみます。
依子は「夫ががんなんです。神様ならどうにかできますか」と凛とした態度で言うと、
客は気持ち悪い女だなと去っていきました。
水木の言葉によって依子の中で何かが変化したようです。
枯山水を乱したのに認めない夫に腹を立てたある日の夜、歯磨きをしながらふと夫の歯ブラシを見つめると、おもむろにそれで洗面台をこすりはじめます。排水口の奥まで。
さっと水で流してまた歯ブラシをコップにもどす依子。
ホームレスの人たちのために炊き出し
緑命会のメンバーが公園でホームレスの人たちのために炊き出しをしています。
そこで依子はひとみ(江口のりこ)と節子(平岩紙)に声をかけられます。
「ご主人のことリーダーから聞きました」「私たち須藤さんの為ならなんでも協力します」
自分の感情や意志をどこかに預けてしまったかのような張りついた「優しい」笑顔。
光の無い真っ暗な目。
ホームレスの人たちに緑命水や汁物やおにぎりを配っていると、その列の中に修がいました。
なぜここに来たのか、怪訝な表情の依子に、修は「俺の治療費は出さないのにホームレスにはやさしいんだな」と嫌味を言います。
修が花壇に座って食べようとするとそこに来たひとりのホームレス(ムロツヨシ)が話しかけてきました。
あなたの前世はカマキリの雄。カマキリは雌のほうが強い。雄を食い殺したカマキリの雌は倍の卵を産むのだと。
“緑命会”の勉強会
依子は、修に治療費を出す約束をしますが、「でもちょっとつきあってもらうから」
修は、緑命会の勉強会に連れてこられ、ひとり浮いた状態です。
でも、リーダーから一言と言われ、
「妻の姿から最後は祈ることしかできないと教わりました。妻には感謝の気持ちでいっぱいです。」
と殊勝な挨拶をします。
「素晴らしいご主人。ご主人のためにみんな祈りましょう」
息子が連れて来たひと
修はワンクール150万円×3回の高額な治療薬を使うことになりました。
病院の修のベッドの横で、落ちていく点滴を見ながら「30万…35万…」と声に出して数える依子。
その依子の胸に修は手をすべらせようとします。その手つきが彼の父親と同じ。
依子は阻止しながら「親子ね」と呟き、また金額を数えはじめます。
ある日、拓哉が仕事で九州から帰省すると連絡があり、依子は食料を買い込み心弾んで帰宅します。
大量のギョウザを作っているとチャイムが鳴ったので急いで玄関を開けると、息子の後ろに女性の姿(津田絵理奈)が。
「はじめまして。川上珠美です」
拓哉より6歳年上の聴覚障害者でした。珠美は快活で遠慮がない女性。
依子はなんとなく受け入れられません。
何度拓哉に「たまみね」と正されても「たまこさん」と呼びます。
拓哉と珠美が時々二人だけにしかわからない手話で会話をするのも疎外感があります。しかもそれはきっと依子に聞かれたくない内容なのだろうということが伝わってくるのでよけいに面白くありません。
依子と並んで食器を洗いながら拓哉は、すでに九州で珠美と一緒に住んでいると言います。
寝る前、洗面台に並ぶ息子と珠美の歯ブラシをじっと見つめ、珠美の歯ブラシに手を伸ばそうとする依子。
一方、拓哉は、母さんはいつから宗教にはまったのかと修に聞かれ、
「父さんが出て行っておじいちゃんを施設に入れてすぐ」と答えます。
「だから九州の大学受けた」
宗教にはまっていくのをずっと見ていたんだなと修に言われ、拓哉は俺のせいだって言いたいのかと気分を害しますが、修は辛い思いをさせた息子を気遣っていたのでした。
翌日、依子は拓哉に自分が仕事でいない間東京を案内してやってくれと頼まれて、珠美をスカイツリーに連れて行きます。
その後、湯島天神の階段を降りながら依子は珠美に拓哉と別れてほしいと頼みます。
「拓ちゃんから、お母さんが別れてくれという話をしたら教えろと言われています。そんなことを言う母親とは縁を切って2度と実家に帰らないって。この話拓ちゃんにお話しますから。どうします」
珠美は強くしたたかな女性でした。
帰宅した拓哉が、外出はどうだったか珠美に聞きますがなんだか様子が変です。
依子は、湯島天神の帰りに珠美を緑命会の勉強会に連れて行ったのでした。
激怒する拓哉。
ストレートに差別するね
依子は、息子とその彼女の愚痴を水木に聞いてもらいます。
「五体満足に産んでやったのによりによってあんな」
水木は「ストレートに差別するね」と笑います。
普段そうじゃないつもりでも、みんなどこかで自分より上とか下とか格付けしているのだと。
水木は、依子の本音を受け止めてくれる唯一の存在なのかもしれません。
「お子さんは?」と聞くと、
「息子。帰って来やしない」と答える水木。
ある日、水木はプールで倒れて入院してしまいます。
見舞いに行った依子に、家で飼っている亀(ぴーちゃんとよしお)が心配と話す水木。
依子が水木のアパートを訪れると、部屋はゴミで埋め尽くされていました。
窓辺に干してある水着。仏壇に子どもの写真。立ち尽くして号泣する依子。
ゴミの山の中で、亀たちは生きていました。
あの日からずっと埋もれたまま
水木の亀たちが依子の家の庭にいます。
どっちがぴーちゃんでどっちがよしおなのか、修は聞きますが依子にもわかりません。
そっと依子の肩を抱こうとする修の腕を外して、依子は笑顔で亀たちを見守ります。
猫が入ってくるのは嫌だけれど亀は枯山水を歩いても良いんですね。
「これ好きだと思って」と依子がお見舞いに持ってきたお饅頭を
「うん、好き」と水木は遠慮なく食べます。
「笑っちゃうでしょ。清掃員の部屋があんなだなんて」
3.11以来片づけられなくなったのだと彼女は言います。
みんなもう無かったことにして暮らしているけれど、私はあの日からずっと埋もれたまま。
依子は、水木にお部屋の片づけをお手伝いしても良いか聞きます。
きれいに片付いた水木の部屋。丁寧にテーブルを拭き、仏壇に花を供える依子。
水槽の中で気持ちよさそうに泳ぐぴーちゃんとよしお。
存在しない水
修は庭でカマキリをみつけます。茶色のカマキリ。
修はホースでカマキリに勢いよく水をかけます。かけ続けます。
帰宅した依子が見たのは庭で倒れている修でした。ホースから流れている水。あの日と同じ。
緑命会に来た依子は元気がありません。
帰ろうとする依子を呼び止めリーダーの昌子は「選ばれた会員しか購入できない特別な緑命水」を勧めてきますが、依子は泣き顔で黙ったままです。ここは、自分の場所ではない。
寝たきりになった修。拓哉に、あんな庭をひとりで作るなんてお母さんはすごいと言うと、
拓哉は、枯山水は水を使わずに水を表現していると母さんが話していたと言います。
「父さんが出てってすぐ、花壇の花を一本一本すごい勢いで抜いていったんだ。
あの人雨の中笑ってたんだよね。マジで怖かった」
修は言います。「俺、さっさと死ぬわ」
依子が飛び込み台から飛び込む。プールに大きな波紋ができる。
絶望のその先
喪服の依子と拓哉。
枯山水を乱さぬよう気を遣いながら棺を運び出す葬儀社の二人。
しかしよろけて、あってはならないアクシデントが起こります。
爆笑している依子。ギョッとして母を見る拓哉。
リビングの緑命会の祭壇だった場所に、今は骨壺だけが置かれています。
九州に帰っていく拓哉が最後に母に言います。
「昔やってたフラメンコ、またやってみたら。オーレィッて」
ひとりになった依子は喪服に赤い傘で踊りだします。雨の中激しく力強く美しく。
いつのまにか、白だったはずの襦袢が赤に変わっています。
赤い襦袢に黒い喪服。白い足袋。赤い傘。狂乱の舞。
枯山水を足で崩し砂を蹴散らして踊りながら家の外へ出ていく依子。
ラストは、これまで見たことのないような力が漲った顔で
「Olé (オーレ!)」
映画【波紋】トークイベント付き特別試写会
映画【波紋】のトークイベント付き特別試写会が、5月12日(金)に東京港区のニッショーホールで開催されました。
試写会後のトークイベントには、ゲストとして、芸人のみなみかわさん、荻上直子監督、そしてサプライズで主人公依子を演じた筒井真理子さんも登壇して、会場の皆さんは大喜び。
みなみかわさんの奥さんである南川雅代さんの今作への感想や、作品にまつわる「夫へ復讐するなら?」という質問に答える映像も流れたのですが、その際、真ん中に座っていた主演女優筒井さんが映像の邪魔にならないようにずっと身体をかがめていて、その気遣いに感動しました。
荻上監督は、開口一番「(試写会が)満員で嬉しいスタート!」と。
筒井さんも「ガラガラだったらどうしようと思ってました」と、二人とも会場の盛り上がりを喜んでいました。
「最後の場面は何故フラメンコだったのか」という質問に、
監督「天から降ってきた。自分の才能が恐い」
筒井「足を踏むのは私はここにいるよという意味なんだそうです。」
撮影の途中で以前にもフラメンコをやっていた設定に変わったので下手ではだめだということになって、筒井さんは必死で練習したそうです。
監督「歯ブラシを使ったのは、Googleで“夫 復讐”で調べたら最初に出てきたから」
筒井「良い感じに洗面台の中に入ってました」
筒井「面白くてクスクス笑うのに社会性がある映画です」
撮影は1年前。その2年前には脚本ができていて、撮影当時はまだコロナ禍ではなかったそうです。
当時、放射能汚染が話題になった時もマスクをしていたんですよね。
宗教が絡んだ襲撃事件も撮影が終わって編集の仕上げ中に起こったことで、
「時代が私に追いついた」と監督。
筒井「依子は宗教じゃなくて水木さんに救われました。」
筒井「監督はカメラの横にいて肉眼で芝居を見てくれます。自信がない時はもう一回と監督のほうから言ってくださる。足りなかったときにちゃんと見抜いてOKくれるんです」
監督「自分に自信がないから芝居のうまい役者を選んでいます。良い人。私に怒らない人を選びます」
筒井「最後は自分で自分におめでとうという気持ちで踊っていました」
監督「お客さん、また劇場に来てください。宣伝してくださいね」
温かく楽しいトークイベントでした。
会場の外に緑命水が飾られていました。これは映画で実際に使われたものだそうです。
映画【波紋】の感想
名前を見ただけでワクワクする魅力的なキャスト陣の演技を堪能しました。
登場するどの人物も100%善良なわけではなくそれぞれ毒を持っていて、でもちゃんとチャーミングな部分もあるのがリアルでした。聴覚障害を持つ珠美も決して可憐なだけではありません。
やりきれないことばかりを抱えた依子は新興宗教に救いを求めますが、彼女を救ってくれたのは職場の同僚水木でした。依子の感情を受け止めてくれ、言いたいことをスパッと言い、「良い人」じゃなくてもいいんだよと許してくれる水木の存在が依子を縛っていたものから解き放っていきます。
隣人にもパート先のスーパーの客にも夫にも、本音で立ち向かっていくことで自分自身から解放されていく依子。
宗教の存在が心の支えとなり何かを乗り越える力になるならば良いと思いますが、祈ってさえいれば自分で考えずに済むし責任も負わなくて良いというように、苦難に立ち向かわず思考を停止してしまう逃避先になるのは危険ですね。依子の心の隙間を埋めるように家中に夥しい数の水のペットボトルが蓄えられた様子は、吉田大八監督の『美しい星』を想起させます。
緑命会のリーダー昌子は、信者の日常の変化や感情の動きにとても敏感でした。それは弱った心に付け込んでお金を出させるため。
そして、この物語の緑命会の人たちがホームレスや病人や障害者に対して優しいのは、その人たちを下に見ているからこそなのだと感じました。対等の関係の依子と水木とは対照的です。
ゴミでいっぱいだった水木の部屋をきれいに片づけたのは、良い人だと褒めてほしいからでも自分で自分を認めたいためでもなく、ただ依子がそうしたいと純粋に思った行動なのだと思いました。観ているこちらも慰められるシーン。
隣人の猫や夫が枯山水の庭を乱すのは許せなくても、水木の飼っている亀はどこまで歩いていっても良い、それも象徴的だったように思います。
ラストシーン。解放された依子は、これまで丁寧に整えてきた枯山水を自らの足で崩していきます。自分自身がそして世間が作り上げた“良い家庭”“良い妻”“良い店員”“良い隣人”という呪縛からの解放です。
世間にとっての「良い人」というのは、世間にとって都合の良い存在なのでしょう。本音で立ち向かってくる者は軽視されません。
最後のフラメンコの場面、筒井真理子さんは「自分におめでとう」という気持ちで踊ったそうです。
フラメンコのステップは「わたしはここにいるよ」という意味で、依子にフラメンコを勧めたのが息子の拓哉だったということにとても救われる思いがします。(拓哉に深い意味はなかったとしても)
冒頭から、場面が切り替わるたびにフラメンコのパルマ(手拍子)や水音が鳴り響きます。それが効果音としてだけではなく大きな意味を持ってラストへと繋がっていることが見事でした。
外の世界に踏み出した依子を心から祝福したいと思います。
記事内画像出典:映画「波紋」公式サイト
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