今田美桜主演のNHK朝ドラ「あんぱん」の第21週「手のひらを太陽に」(101話、102話、103話、104話、105話)が8月18日(月)から22日(金)に放送。
本記事は【あんぱん】21週あらすじ&解説を紹介します!
【あんぱん】21週あらすじ&解説
「手のひらを太陽に」
いせたくや(大森元貴)は、嵩(北村匠海)が書いた詩を読み、メロディーをつけ始める
そして完成した曲が「手のひらを太陽に」(作詞:柳井嵩、作曲:いせたくや)。
歌手・白鳥玉恵(久保史緒里/乃木坂46)が歌い、「みんなのうた」でも紹介された「手のひらを太陽に」は大ヒット。
大人だけではなく子供たちにも歌われるようになっていく。
童謡「手のひらを太陽に」は、作詞・やなせたかし、作曲・いずみたくによって1961年に作られた、実在する曲です。というか、みなさんご存知の有名な曲ですよね(笑)
この曲は、やなせたかしさんが鬱状態の時に生まれたもので、彼の生きがいを見出すきっかけとなりました。曲調は明るく、幼児から小学校低学年に人気があります。また、ポニージャックスのバージョンは大ヒットし、NHK紅白歌合戦でも披露されました。
漫画家としての壁
こうして作詞家としてヒット作を手掛けた嵩だが、いまだ漫画ではヒット作がなく、漫画家として壁にぶち当たっていた……。
やなせたかしの時系列
ここで、嵩のモデル・やなせたかしの時系列を漫画家、そのほかの仕事に分けて紹介します。
■漫画業のやなせたかし
- 1953年(昭和28年)3月に三越を退職し、専業漫画家に。
- 1964年(昭和39年)にNHKの『まんが学校』に講師として3年間レギュラー出演。
- 1965年(昭和40年)にまんがの入門書を執筆する。
- 1967年(昭和42年)に4コマ漫画「ボオ氏」で週刊朝日漫画賞を受賞。
このころ、手塚治虫らが推し進めたストーリー漫画が人気。やなせたかしが所属していた「漫画集団」が主戦場としていた「大人漫画」「ナンセンス漫画」は衰退していました。
漫画家としての仕事が激減したやなせたかしさんは1960年代後半は本当にきつかったといいます。しかし、舞台美術制作や放送作家などの仕事があったため、生活面で困窮することはありませんでした。
■ミュージカルやアニメーションの美術、作詞のやなせたかし
- 1960年(昭和35年)、永六輔作演出のミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の舞台美術を手掛ける。
- 1961年(昭和36年)、『手のひらを太陽に』を作詞。
- 1969年(昭和44年)、虫プロダクションの劇場アニメ『千夜一夜物語』制作の際に、エロチック路線を求めていた手塚治虫は、やなせの漫画を気に入り、美術監督として招へい。
朝ドラの放送は8月なので、残り1か月と少し。でも、、テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』の放映は1988年。まだまだ先の話。
ちなみに1969年には『PHP』誌に「アンパンマン」が初登場。翌年に出版された短編メルヘン集『十二の真珠』(出版社:山梨シルクセンター(現:サンリオ))に収録。
アンパンマンの元祖の登場までもう少しです。