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【朝ドラエール】裕一(窪田正孝)のモデル古関裕而さんとは?経歴を年表でイッキ見!

【朝ドラエール】裕一(窪田正孝)のモデルは古関裕而!

窪田正孝主演のNHK朝ドラ『エール』が2020年度前期に放送!

主人公・裕一のモデル・古関裕而(こせきゆうじ)さんってどんな人物?

この記事では【朝ドラエール】裕一(窪田正孝)のモデル古関裕而さんについて紹介します。

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【朝ドラエール】裕一(窪田正孝)のモデルは古関裕而!

【朝ドラエール】の主人公・古山裕一(窪田正孝)のモデルは、昭和を代表する作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)さんです。

古関裕而プロフィール

〈古関裕而さんプロフィール〉
・本名:古関勇治(こせきゆうじ)
・生年月日:明治42年(1909年)8月11日
・没年月日 1989年8月18日(80歳没)
・出身地:福島県福島市
・配偶者:古関金子
・略歴:1930年に日本コロムビアに作曲家として入社。作曲数は5000曲におよぶ。スポーツ、ラジオドラマ、歌謡曲、演劇、校歌、社歌などジャンルは多岐にわたる。1969年、に綬褒章、1979年に勲三等瑞宝章を受章。

古関裕而さんの年表

古関裕而さんの年表の経歴を年表で紹介します。

 
 

1909年(明治42年)0歳

8月11日 福島市大町に生まれる。生家は呉服屋「喜多三(きたさん)」。

 
 
 

1914年(大正3年)5歳

この頃、父親が蓄音機を購入。レコードを聴く。

 
 
 

1916年(大正5年)7歳

福島県師範附属小学校(現:福島大学附属小学校)入学。

 
 
 

1918年(大正7年)9歳

小学3年から6年まで担任の遠藤喜美治先生(森山直太朗が演じる藤堂清晴のモデル)に唱歌とつづり方を習う。

 
 
 

1919年(大正8年)10歳

卓上ピアノで作曲を始める。

 
 
 

1922年(大正11年)13歳

福島商業学校入学。この頃「喜多三」廃業。(朝ドラ内の「喜多一」は存続)妹尾楽譜により本格的な作曲・編曲を始める。

 
 
 

1926年(昭和元年)17歳

福島ハーモニカ・ソサエティーに入る。
この頃、関東大震災をテーマに「大地の反逆」作曲。

 
 
 

1927年(昭和2年)18歳

ペンネームを「裕而」とつける。

 
 
 

1928年(昭和3年)19歳

福島商業学校卒業後、川俣銀行に勤務。
福島ハーモニカ・ソサエティーとともに、仙台中央放送局記念番組に出演。

 
 
 

1929年(昭和4年)20歳

舞踊組曲「竹取物語」ほか4曲をイギリスロンドン市のチェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募し、二等に入選。

 
 
 

1930年(昭和5年)21歳

6月1日 内山金子(二階堂ふみ演じる関内音のモデル)と結婚。
9月 「福商青春歌」作曲。同月、コロムビア専属作曲家として上京。

 
 
 

1931年(昭和6年)22歳

早大応援歌「紺碧の空」作曲。
第一回レコード「福島行進曲」 「福島小夜曲(ふくしまセレナーデ)」発売。

 
 
 

1932年(昭和7年)23歳

長女・雅子(朝ドラの華のモデル)が誕生
約3年間、ミヤタ・ハーモニカ・バンドで指揮のアルバイトをする。

 
 
 

1934年(昭和9年)25歳

次女の紀子(みちこ)が誕生。

 
 
 

1935年(昭和10年)26歳

「船頭可愛や」(歌:音丸、朝ドラでは井上希美が演じる藤丸のモデル)が初のヒット曲となる。

 
 
 

1936年(昭和11年)27歳

「大阪タイガースの歌」(通称:六甲おろし)作曲。

 
 
 

1937年(昭和12年)28歳

「露営の歌」作曲。放送劇「当世五人男」初のドラマ曲作曲。
この年、菊田一夫と出会う。
(世界情勢は、1937年7月7日に日本が中国に侵攻。この盧溝橋事件によって、太平洋地域での第二次世界大戦が勃発。)

 
 
 

1938年(昭和13年)29歳

中支従軍。

 
 
 

1940年(昭和15年)31歳

「暁に祈る」作曲。
(世界情勢はこの翌年、1941年12月7日に日本が真珠湾を爆撃。太平洋戦争へ突入。)

 
 
 

1942(昭和17年)33歳

南方慰問団派遣員となる。

 
 
 

1944(昭和19年)35歳

インパール作戦特別報道班員になる。

 
 
 

1945(昭和20年)36歳

約1ケ月軍隊生活を送る。8月15日に敗戦(終戦)が国民に伝わる。
10月 NHK連続ラジオドラマ『山から来た男』で、終戦後初めて菊田一夫とコンビを組む。

 
 
 

1946(昭和21年)37歳

長男の正裕が誕生する。

 
 
 

1947(昭和22年)38歳

7月 NHK連続ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』放送開始。(25年12月まで放送)主題歌「とんがり帽子」作曲。この頃から放送番組の音楽や流行歌、校歌、社歌など多方面の作曲で多忙になる。

 
 
 

1949(昭和24年)40歳

「長崎の鐘」作曲。

 
 
 

1950(昭和25年)41歳

「イヨマンテの夜」作曲

 
 
 

1952(昭和27年)43歳

4月 NHK連続ラジオドラマ「君の名は」放送開始。(29年4月まで放送)主題歌を作曲。

 
 
 

1953(昭和28年)44歳

NHK放送文化賞受賞。

 
 
 

1956(昭和31年)47歳

「忘却の花びら」がNHK連続ラジオドラマの最後となり、この後は菊田一夫とともに舞台活動へと転進する。

 
 
 

1957(昭和32年)48歳

主題曲の作曲・劇中曲の音楽を担当したNHKのラジオドラマ『日曜名作座』放送開始。福商新校歌「若きこころ」作曲。芸術座にて『暖簾』を初公演。ミュージカルや劇場用ドラマの音楽、映画音楽など、あらゆる分野の作曲を手掛ける

 
 
 

1964(昭和39年)55歳

東京五輪において行進曲「オリンピック・マーチ」作曲。

 
 
 

1969(昭和44年)60歳

紫綬褒章受章。

 
 
 

1972(昭和47年)63歳

札幌冬季五輪において「純白の大地」作曲。
9月 画集「風景の調べ」を自費出版。

 
 
 

1973(昭和48年)64歳

朋友 菊田一夫氏逝去。芸術座公演「道頓堀」が名コンビの遺作となる。
「暁に祈る」歌碑が信夫山第1展望台に建立。

 
 
 

1976(昭和51年)67歳

昭和51年
67歳
早稲田大学の大隈庭園内に「紺碧の空」の記念碑建立。

 
 
 

1979(昭和54年)70歳

福島市名誉市民となる。
勲三等瑞宝章受賞。
レコード大賞特別賞受賞。

 
 
 

1980(昭和55年)71歳

日劇にて作曲生活50周年記念ショー。
5月 自伝「鐘よ 鳴り響け」を主婦の友社より刊行。
7月 妻の金子死去。

 
 
 

1986(昭和61年)77歳

30年間音楽を担当したNHKラジオ「日曜名作座」を健康上の理由で降り、作曲生活から引退。

 
 
 

1987(昭和62年)78歳

「日曜名作座」を3人で30年間続けた業績に対し、森繁久彌、加藤道子とともに放送文化基金個人部門賞受賞。

 
 
 

1989(平成元年)80歳

8月18日死去。

 
 

古関裕而さんの性格・作曲法

古山裕一(窪田正孝)のモデル、古関裕而さんはどんな性格・人柄なのでしょうか?

性格は仏様!?

窪田正孝さんは古関さんのことを以下のように話しています。

福島市古関裕而記念館に行ったり、関係者の方にお話を伺ったりしたところ、古関さんは繊細で優しい性格の方で、誰のことも悪くおっしゃらず、誰からも悪く言われていなかったそうです。それって、ものすごいことですよね。僕の想像も及ばないのですが、役作りの肝として大切にしています。古関さんは決して人を憎まず、心の真ん中にいつも大きな愛情を持っているような方だったのかもしれません。

https://www.nhk.or.jp/yell/special/interview/03.html

古関裕而記念館を訪問してきたんですけど、そこで驚いたのは、3つの机にそれぞれ五線譜を置いて、同時に3曲作ったという話。それと、誰も古関さんのことを悪くいう人がいないという話。(中略)仏様みたいな人だったんだなと。

NHKドラマガイド連続テレビ小説「エール」Part1(NHK出版)より

悪口を言わず、悪くも言われなかった仏様のようだったそうです。(朝ドラでは音とケンカしたりしますが、基本的には悪口は言ってない印象です。)

生前に共演した萩本欽一さんも同様に「仏陀みたいな人」と発言しています。↓

偉大で謙虚!

古関裕而さんが12年間審査員を務めた「オールスター家族対抗歌合戦」において、司会者だったのが萩本欽一さん。歌が下手な家族に辛口コメントをしてから先生に振っても、温かいコメントで返されたそうです。そして以下のように証言…↓

例えるなら先生はボクにとって“仏陀”みたいに偉大な人。芸能界は実力より自分を大きく見せようとする人がほとんだ。先生は苦労して生み出した曲も、ある日ひらめいた曲のことも、10を1程度に話す方です。それからね、先生の偉大さを感じるのは、人柄だけでなくお家に佇まいも謙虚なこと。

NHKドラマガイド連続テレビ小説「エール」Part1(NHK出版)より

古関式作曲法とは?

朝ドラ『エール』を見ていて、裕一(窪田正孝)の作曲法が小説家みたいに紙をくしゃくしゃ、机に向かってうなってばかり…と思った方も多いと思います。コロンブスレコード社の同期入社となった木枯(野田洋次郎)がギターで作曲するのに!

実は、裕一(窪田正孝)のモデル、古関裕而さんは、母が買ってくれた卓上ピアノを親しんだ少年時代を除いて、50年を超える作曲活動の中で、作曲するときに一度も楽器を使ったことがないと言われます。

いつも五線紙とペンだけを置き、テーマや情景をイメージして、頭の中の音楽を五線紙に書きとるのが古山式作曲法でした。

まとめ

以上、【朝ドラエール】の主人公・古山裕一(窪田正孝)のモデル、古関裕而さんの経歴を年表でみてきました。

若いときは苦労したようですが、後半のヒット曲の連発はスゴイですね。

「紺碧の空」「六甲おろし」「栄冠は君に輝く」などのスポーツ応援歌からラジオドラマ、そしてザ・ピーナッツの「モスラの歌」なんて曲まで幅が広い。朝ドラ『エール』で4月・5月の放送でヒット曲に恵まれないのが不思議なくらい。

どんな曲を取り上げるのか、【朝ドラエール】の放送も楽しみです。

エール
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