【今、私たちの学校は…】ただのゾンビ作品じゃない!我々がこの作品に惹かれる3つの理由

今私たちの学校はアイキャッチ

「イカゲーム」の大ヒットに続き、瞬く間に世界中で大反響を呼んだ「今、私たちの学校は...」(英題「All of Us are Dead」)今回は我々がこのゾンビドラマに熱狂する理由を3つ紹介していきます!


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「今、私たちの学校は...」に私たちが熱狂する3つの理由

「今、私たちの学校は...」は、2022年1月28日にNetflixで公開された、韓国のゾンビサスペンス。

総視聴時間は、2月1日時点で1億2,479万時間。あっという間に91ヵ国でTOP10に入りました。

NetflixがTOP10の発表を開始し始めた昨年以降に公開された韓国作品の中で、公開初週の視聴時間は最高の記録となっています!

「愛の不時着」、「梨泰院クラス」、「イカゲーム」に続くヒット作になる予感大!!

昨今の韓国映像作品の勢いには目を見張るものがあります。

既にみた方は、二週目に観る際の着眼点をぜひ探してみてください!(Netflix作品は何度でも見ることが出来るのが良いですよね!)まだ見ていない方は、今回紹介する3つの理由を意識すると、さらに楽しめると思います。

それではスタート!

その①:サバイバル空間としての学校!?

ナムラ・教室

©Netflix

Netflix公式YouTubeによると、監督:イ・ジュギュ

「物語の舞台はとある小さな街です。そこに住む一人の高校生がゾンビウイルスに感染し、それがきっかけで町全体が崩壊していきます。その過程で人々は、自分たちの存在意義を守るために戦います。自分らしくいることと生きることの葛藤が本作のテーマです。」(Netflix公式YouTube)

と語ります。どこにでもある街と、どこにでもある学校が舞台なのです。

ドラマ内で、登場人物の男子学生イ・チョンサンが「まるで「新感染」だ」とつぶやきますが、「新感染」はゾンビ映画です。韓国で2016年に公開され、大ヒットを記録しただけではなく、ファンタジア国際映画祭で最優秀作品賞、シッチェス・カタロニア国際映画祭で監督賞・視覚効果賞を受賞するなど、さまざまな評価を受けた「新感染 ファイナル・エクスプレス」は、代表的な韓国ゾンビ作品のひとつであると言えます。チョンサンが、自らの置かれた状況をメタ化できるほどに、韓国にも世界にも、すでにゾンビを扱った作品は多数存在しています。

そんな先立つ作品との違いを監督本人は「高校生が主人公の物語」であることだと指摘します。

「若者ばかりの学校という環境で生徒たちは自力で生き残らなくてはなりません。ゾンビになった友達から逃げるのです。こうした設定が他のゾンビ作品とは違った面白さを生みます。」(Netflix公式YouTube)

たしかに、学校という場そのものの在り方と、ゾンビによるパニック状態からのサバイバルは重なり合うものが多いです。いじめ、家庭環境の格差、テストの点数による可視化された序列、先生たちの性質の差。これらが複雑に絡み合い、生徒たちはさまざまな評価基準にさらされながら日々を生きています。同世代ばかりが集まり、同じ制服を着て、様々な観点から点数を付けられる…学校とは生き残りをかけたサバイバルを強く感じる場所であるのかもしれません。

校舎・ゾンビ

©Netflix

ゾンビウイルスに感染していない状態の、一見平和に見える学校はこれらの問題を目に見えない水面下で保有していたともいえるでしょう。

エピソード1で信号が青になった瞬間、遅刻しないように一斉に駆けだす大量の高校生たちが映るシーンは、まるで学歴社会、評価社会を駆け抜ける様。人々が他人を振り払っても我先にと走り抜ける様に重なります。

その後のエピソードで、ゾンビ化した後の高校生たちが、音のなるほうを目指して一斉に走り出すシーンでは、彼らが隠していた醜い感情、むき出しの本能がすべて表に出たとでも言えましょう。

図書館チョルサン

©Netflix

図書館でチョンサンがゾンビから逃げるシーンは、学問や知識を表すアイテム、"本"が集結した場所、図書館で行われます。逃げまどうチョンサンは、本棚の一番上にたち、ゾンビにかみつかれることを回避しますが、ゾンビたちはチョンサンを引きずり落とそうと集まってきます。

やっと逃げたと思ったら次に襲ってくる敵はユン・グィナム!彼は学校一の暴力的な不良で、校長先生を刺殺したのをチョンサンにみられたことを気にしています。通報されることを怖れているのです。

現実世界でも、このような構図は見られます。頑張って勉強して順位を上げても、同級生がその頑張りを冷ややかな目で見て、ばかにしたり、かつて共に遊んでいた悪友に仲間はずれにされたり…。

努力して上に立てばたつほど、足を引っ張る人数も増える。引きずり落とされるという事態が起こる場合もあるのです。

そもそもこのゾンビウイルスを作った理科教師イ・ビョンチャンの動機は、息子のヨナスを学校でのいじめから救うことでした。

ビョンチャンが息子のいじめを学校に訴えても学校側、とくに校長は世間体を気にし、取り合いませんでした。証言をしようとする同級生をいじめの加害者の生徒がさらにいじめることも…!そこには一筋縄では解決できない根深い問題がありました。ドラマ冒頭のいじめのシーンで、赤い十字架のネオンと、ナチス・ドイツの旗であるハーケンクロイツの紋章がはためいていることは、意味があるでしょう。

ゾンビという非現実な現象を描きながらも、そこに描かれる構造は現実とリンクしている。

学歴社会が顕著化する現代社会を、高校を舞台にしてゾンビ作品として描いたこのドラマです。これを見ると、我々がかつて学校という空間で体験した、些細な違和感をゾンビという装置を使って大々的に描いていることがわかります。自分がここに居たらどういうふるまいをするのだろう…。そう考える方も多いのではないでしょうか。

学校という舞台設定が、世界中の多くの人々の共感を生んだ理由の一つと言えます。

その②:親と子の物語としても観ることが!

科学の先生

©Netflix

ビョンチャンとヨナス

ビョンチャンと、ヨナスは、親子です。高校の理科教師として働くビョンチャンの勤務する高校に、ヨナスは生徒として通っていました。

ヨナスが、いじめっ子軍団との殴り合いにより、ビルから落ち、病院に搬送されたその夜、父ビョンチャンが駆けつけ、病床にいるヨナスと会話するシーンを見てみましょう。

ヨナス「父さん みんなは? ダメだと分かっているのに殺したかったんだ 二度としない」

ビョンチャン「大丈夫だ」

ヨナス「本当に?」

ビョンチャン「そのうち収まる」

ヨナス「何が収まると?」

ビョンチャン「すべてだ 何もかも」

ヨナス「少しでも好転した? 答えてよ 何も変わらないだろ? 僕かヤツらのどちらかが死なない限り終わらない」

そう言い、ヨナスの様態は変化し、ゾンビ化していきます。この時すでに、ヨナスは父ビョンチャンの作ったゾンビウイルスを保持していたのです。ヨナスは感情が高まると共にみるみるゾンビ化します。狂暴化したヨナスビョンチャン聖書で殴り気絶させます。

このシーンは、二重の意味で見ることが出来ます。一つは、いじめに苦しむ息子とその父との会話。ビョンチャンが「収まる」と言うものはいじめであると考えられます。もう一つは、ゾンビウイルスに感染しゾンビ化し、狂暴な人格になった息子と、その治療薬を開発しようとする父の会話。ビョンチャンが「収まる」というものは、ウイルスによる感染についてであるとも考えられます。

結局いじめも、ウイルスも、ドラマ内で根本的に解決する事が出来ていないことを鑑みると、ヨナスの言葉はこのドラマの展開を示唆しているようです。

「親が子の死を静観できると?」取調室でそう語るビョンチャンの態度は、切実です。ゾンビ化したヨナスと、ヨナスが噛みつきゾンビ化したビョンチャンの妻を彼は最後まで殺すことが出来ませんでした。

この、親子関係は他の親子の描写にも重なります。

オンジュ父

©Netflix

オンジョとソジュ

まずは、女子高生ナム・オンジョと、その父ナム・ソジュ。

女子高生であるオンジョと父ソジュは二人暮らし。オンジョは成績が悪い事を気にしていますが、ソジュは期待しない、健康が第一だ、と語ります。

父「どのみち好成績は望めない あまり気負うな」

オンジョ「私だってやればできる」

父「期待はしてない」

オンジョ「何それ」

父「おととい料金所の事故で出勤したんだが秀才であれバカであれ事故に遭ったらおしまいだ。成績よりも元気でいることが大事だ」

オンジョ「今回は5位以内に入ってみせる」

父「無理するな」

オンジョ「なら6位以内に」

父「守れない約束はするな」

救急の基本は「弱い者が優先」と語るソジュ。常に弱い者を優先して助けてきたからこそ、学歴社会に傾く社会の中で落ち付いた様子で語ります。心から、「成績よりも元気でいることが大事」という言葉をかけることが出来るのは、弱きものに正面から向き合っているソジュだからできたことなのかもしれません。

学校が大変なことになっていることを知ったソジュオンジョを助けるために行動しようとします。しかし、消防署救急チームに勤める身として、組織の命令と葛藤します。ソジュの行動や考え方を阻むものは、全体主義的な雰囲気ともいえます。

権力に取り込まれそうになったり、かつての消防署での仲間から銃で撃たれたり、ゾンビに何度も襲われたり…。子を守りに行くことは自らを犠牲にする行為として描かれます。しかし、さまざまな障害にも諦めることなく、方法を模索し、一心に行動し続ける父の姿に、感情移入する方も多いのではないでしょうか。

出産した女子高生ヒス

次に出産した女子高生ヒス。

彼女は学校がゾンビウイルスによってパニック状態になる寸前のところで早退をしました。

授業中に恐らく陣痛が起きた彼女は保健の先生に助けを求めます。しかし、ネズミからゾンビウイルスに感染した少女が運ばれてくると、そちら側の対応が優先されヒスは後回しになってしまいます。あきらめの表情と共に彼女は学校を後にし、公演のトイレで自分一人で出産を行いました。

一度は赤ちゃんをトイレに置いてその場を離れましたが、ゾンビによる町の異変に気付いた後急いで引き返し、赤ちゃんを抱いて安全な場所に避難します。

非難した先で自らがゾンビにかまれていることがわかると、赤ちゃんから少し離れた場所に自分をしっかりと括り付け、赤ちゃんを襲わないように、しかし見守ることができる場所でゾンビ化します。

このドラマ、「今、私たちの学校は...」は、原作があり、同タイトルのウェブ漫画がもとになっているのですが、原作にはヒスは登場しません。ヒスはドラマシリーズのオリジナルキャラクターなのです。彼女の描写はドラマシリーズにおける重要なテーマを内包している可能性が高いでしょう。

その③:社会風刺というスパイス!

さて、ついに三つ目の理由を紹介します。それは社会風刺です。この作品に限らず、韓国の芸術作品には社会風刺の要素がしっかりと組み込まれていることが多いです。韓国の映像作品を見ると、現実社会の美しい面だけではなく、汚い嫌な面を誠実に描いているものが多く見受けられます。

携帯を回収する学校の一コマ

スマートフォンが普及した現代のよくある風景であるともいえます。日本でもこの方法を採用している高校はあるでしょう。ごく一般的な学校の風景に思えます。

しかしこの方法は、一見携帯を用いたトラブル回避を図っているようですが、ドラマ内では一切根本的な解決にはなっていません。実際、携帯を回収されたとしても隠し持つことは可能だし、そういった違反をする生徒は、携帯をいじめに用いています。そして、素直に提出する生徒がいじめられた場合、即座にSOSを出せないため、逆にトラブルを助長しているともいえます。

一斉に駆けだす大量の生徒

遅刻をチェックされないように、横断歩道を競争するように走る高校生たちが描かれます。

このシーンは先述した通り学歴社会における競争の風刺ともいえますが、数秒の差でぴったり遅刻とそうでない者の区別がつくことが描かれます。さらに、高級マンションは学校へのアクセスが良く、賃貸アパートは回り道をしていかなければならないという位置設定からは、現実世界の風刺が見て取れます。(家にお金があれば、いい家庭教師や塾に入ることが出来るため、受験に有利。一方、家にお金がなく受験にお金がかけられない場合、自力で勉強し何年もかかって大学に合格する、または諦めることも…。)

さらに、女子高生オンジュが、同じマンションに住む幼馴染チョンサンに荷物を持たされるシーンからは、若い男の子が自らの特権性に無自覚であることを見て取れます。男であるだけで女性よりも体力的に有利に立てることが多いのにもかかわらず、じゃんけんに勝ったからといって荷物(この荷物は、家事や育児を想定してもいいでしょう)を任せてしまう。そのせいでオンジュが遅刻を切られても、チョンサンは笑って見ているだけです。

〝学校まで走って競争する”という観点だけで視たら、チョンサンオンジュは明らかに対等ではありません。むしろチョンサンオンジュの荷物を持ってもいいくらい。しかしじゃんけんという平等な装置を用い、平等に振る舞うことでチョンサンは自分とオンジュの身体的差異が見えなくなってしまっているのです。

科学教師ビョンチャン

ビョンチャンは、米国で細胞生物学の博士号を取得の後、韓国帰国後、製薬会社の研究員を経て高校教師になっています。いわゆる高学歴で、高校生たちが目指しているルートを途中までは辿ってきたともいえます。

途中まで…。昨今、日本でも、博士号をとり教授を目指すが大学教授のポストがなく、高校の先生や、企業に就職するという人は多いです。大学入学→学士取得→修士号取得→博士号取得。博士号は、いわゆる学歴社会の最高峰の可視化されたバロメーターともいえます。しかし、博士号取得後は、言うなれば大きな海に放り出されるような感覚。大学勤務で生活できるだけのお金を稼ぐまでの数年間の間の生活は全く保証されていないことが多いのです。学歴社会で上を目指し上り詰めたはいいものの、そこは楽園ではない。むしろ地獄かも知れません。

取調室でその経歴を見た警察官に「これほどの経歴なら大学教授になるべきでは?」と言われるように、この経歴で高校教師なの?という世間の声を代表したセリフを投げかけられます。

ビョンチャンは、「私が大学教授や要職者なら聞き入れただろうか」「こんな世の中は滅びてしかるべきだ」と言い、世の中に対する不満があることは明らかです。高校生たちが目指す高学歴を体現した存在でありながら、不満を抱える彼の存在には、どんな背景があったのでしょうか。

なぜ、製薬会社の研究員をした後、高校の教師になったのか。製薬会社では何をしていたのか。大学教授になりたいと思っていたのか。今後のシリーズでこれらが描かれることを期待します。

さて、3つの観点からこのドラマ、「今、私たちの学校は...」を見ていきましたが、皆さま見たくなってきましたか? 私は4週目を見ようかなと思います。

あなたが見つけた魅力をぜひコメントでおしえてくださいね!

画像出典:Netflix公式Twitter

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